人生について考察した。

人生について考察した。

毎日生きるのが辛い。時間を無駄に過ごしている感覚が強い。いつも嫌なことばかり考えて、死にたいって思う。でも結局死なないんだからそうやって考えるのは時間の無駄だなって思う。自分の部屋で1人でいると寂しくて独り言を言ってみるけど、すごく虚しい気持ちになる。誰か、透明な、高次元な存在が自分を見ているという設定で、僕は自分の苦しみを最大限アピールする。ここ数年で楽しかったことなんて一度もない。いつも苦しかった。一見楽しいと思える時間、娯楽とか家族との時間とか。そういうのがあっても、僕はそれを楽しむことができず、いつも頭の中には死にたいという気持ちだけがあって、でもそれはいけないと思って楽しもうとするたびにどんどん苦しくなる。自分は生きる価値がないって、そんな事ないって分かってるけど、自分がいなくなれたらいいのになって思う。そう思う自分がなんだか申し訳なくて、情けなくて、でもそういう事含めて楽しいってことなんだって妥協して生きてきた。みんなは楽しい時は死にたいとか思わないのか分からないけど、僕は笑顔とかもどうやって浮かべればいいのか分からないほどなんか頭ん中がよく分からなくなっているから。小5の時、習い事が嫌でわざとけがしようとして、でも結局怖くてできない自分が嫌だった。小6、休み時間のほとんどをトイレで過ごした。僕は人の目を気にしないフリをしているけど、結局気にしてしまっていて。中学高校もずっとそうだった。変わろうとしたけどやっぱり無理だった。可哀想な自分に酔っていればなんとかやってこれた。結局怖くて怖くて堪らなくて、努力したフリばっかりしてきたんだよ。変わろうとか思ってる自分が好きで、僕は不幸じゃないと僕の根底が崩れ去るから。ずっとぼっちで、可哀想な自分だけを売って生きてきたんだ。とか理屈重ねるのは僕の思考の癖で、本当は変わろうと本当に思えたら変われるはずなのになんで僕はすぐ負けてしまって結局病むんだろう。誰かから大切にされたい、大丈夫だよってただ自分を肯定してもらいたくて、でもだったら僕はこんな風なネガティヴな生き方をずっと続けていきたいのだろうか。死にたいって思う。無くなってしまいたいって。でも実際に僕がそうしないってことはそれが目的ではなく、それが手段であるということを示している。だから本当は死にたくなくて、ただ死にたいという気持ちを抱えることが目的なんだ。そう、僕は、でもそこから変わりたいから足掻いているんだ。ただ僕は幸せになりたいだけで、でもやっぱり幸せって何か分からないな。というか幸せなんてないって知ってるけどさ、僕は無いものを求めて、それで何をしているんだろう。人間生命、無いものを求めて足掻いて、それが人間だから僕も頑張っていて、それが幸せのようなもので、だから僕はただ今日を生きていけばいいんだ!それにこそ価値があるんだ!ただ生きるそれにこそ価値があって、少しでも希望に沿って、少しずつ僕も変化していく。きっとそういうことなんだ。僕は生きていて、苦しいけど、でもこうやって死にたいとか口に出したり書いたりしてなんとか消化して生きて……。僕の欲しいもの、そうだ。生きることに価値がありそれが幸せなようなものであったとしても、僕は無条件の肯定が欲しいんじゃないか。それが手に入らないから病むんじゃないか。これを解決しなければ結局終わらない。僕の意識、この自我意識の中ではそれが幸せのようなものである。生態系の流れ的に僕が幸せで順応に生きていたとしても、あー、本当にいつ死ねるんだろう辛いことばかりで。果てしなくて、死ってなんだろう。もう僕は3次元以上のものに昇華したくて堪らない。……とか考えているのも手段であって目的ではなくて。本当に、真に死にたいならもう死んでるはずだし。僕の今の意識、これっていったいどこにあるんだろうなっていっつも思う。でもやっぱりこれからも僕は僕の意識として生きているというところはあるから、結局いわゆる現実問題にシフトせざるを得ないのが現状であって。そう、僕の現実、それは受験生。僕は勉強苦手だから、とても辛い。そして僕はやがて大学生になる。多分。大学生になったら僕は色々なことをやるつもりで、まずはこの面を整形しなければならない。それは仕方のないことだ。そうしてあとコミュ力を上げたりとか面倒くさいことをたくさんやらなければならない。そういうことを考えるとまた辛くなる。僕はネガティヴなことを未来に蓄積し続ける。もう苦しい。苦しいって感じるってなんなんだろうとか考えてしまうけど、でもそんなの考えたところで僕の自我が苦しいのほ変わらないから意味がなくて、結局僕は3次元の存在だから色々と苦しみながら生きていくしかない奴隷のような存在だからもう仕方ないじゃん死にたいよ。だったら死ねよもうなんなんだよ。なんで生きてんだよ。意味が分からなくて泣けてきた。とか言いつつ僕は泣いていない。というか、今まで書いてきたことは多分全部嘘っぱちなのだと思う。全部が演技に思える。指を今動かしている、頭で思ったことを書くために。だけどそれは嘘だ。この文章と本当の僕の思考との間に、何かがあるんだ、なんだか分からないけど何かがあるんだ。ここに書かれたことが自分の思考だなんて思えない。全部嘘というか、それは無意識ではなく意識になってしまっているから、多分無意識的な部分の僕は文章として顕在化されないんだ。だから意識の部分だけだからおかしくなる。そうなると、僕がなんで死にたいのか、僕の本当の思いを探るためには無意識を探るほかないんだ。無意識は夢としてしばしば顕在化するが、僕は僕の無意識を見つけ出せるだろうか。そもそも僕ってなんだよほんとに。無意識の僕って僕なのか?それは3次元以上のであり、いわゆる神ではないか?そう、僕ら人間は本来は1つであり、それが無意識下であるのだ。多分。僕は神秘体験をしたい。ペルーへ行ってアヤワスカ体験でもしたい。悟りたい。もう苦しいこんな現実。僕はよくわからない。もう意味が分からない。だから結論を言うと僕は僕と言う何か分からないものを僕と見なしながら目の前の現実を生きていかなければならないただそれだけなんだ。これからも僕は日々考察し続ける。今の僕は全く別の日の僕とは感覚が異なるかもしれないし、でも少なくとも今の僕はこう思いました。よし、書き始めた時よりも鬱が引いたので大人しく勉強でもするか。

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