自殺物語

自殺物語

「ねぇ、どうしてくれるわけ?」

 少女は、白けたと言わんばかりのジト目を僕に向けてくる。

 僕は気まずくて目を逸らした。

 どうして、あの時僕はーーー

 

 

 ーーー 深夜、ひっそりと家を抜け出した。

 死のうと思った。

 静かで、星が瞬いている夜だった。

 歩き出すと、様々な事が思い起こされた。

 気づけば瞳に涙が浮かんでいた。

 今から死ぬってのに、みっともない。

「ほんとに死ねるのか? また逃げ出すんだろ? いつものように笑笑」

 内なる自分が嗤う。

「うるせーよ……!」

「いつも死にたい死にたい言っておきながら、結局行動には移せない臆病者」

 掻き消そうとしても、その声は消えない。

 だって、事実だから。

「それでも、僕は……僕は……!」

 だんだん、気味の悪い汗が身体中から分泌されていた。

 そして動悸もしてきた。

 重い足を動かし、やっとこさそこに着くと、意外なことに先客がいた。

 風にたなびく黒髪で、薄汚れた学生服を着た、小さな身体にリュックサックを背負った女の子。

 少女は、まるでこの世界から隔離されているかのように、明らかにこの景色から浮いていた。

 遮断機がゆっくりと下りていく。

 電車が来るらしい。

 少女は遮断機を潜り抜けて線路の中央へ。

 あの子も自殺志願者なのか。

 僕も、本当に死ぬつもりなら、彼女と同じく線路に立って轢かれる準備をしないと。

 しかし、どうしてもあと一歩が踏み出せない。

 遮断機の前で立ち尽くす。

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!!!

 頭は正常に働かず、極度のパニックであった。

 少女は髪を揺らしてこっちを向いた。

「あなたも死ぬの?」

 僕は震えながらコクリと頷いた。

 すると少女はフフッと嗤う。

「でも死ぬのが怖くて震えてるんだね。だっさ笑」

 君も震えているよ、と言いたかった。

 電車が近づいてくる。

 今にも電車が少女を轢こうとする。

 グチャグチャにしようとする。

 僕の目の前で人が死のうとしている。

 ほんの数秒前に僕と言葉を交わしたのに。

 今息をしているのに、生きているのに。

 その事にひどく怯えた。

 ……僕は思わず少女に手を伸ばし、少女を思い切り遮断機側へーーー

 

「あなた、どうしようもないチキン野郎だね」

 そうだ。

 僕は怖かった。

 目の前で人が死ぬのが。

 死という事象から目を背けたくなったんだ。

 僕のエゴが少女の死への欲望を妨げた。

 死ぬ覚悟を決めることは容易なことではないのに……。

「僕は最低だ……」

「ねぇ、あなたはどうして死ぬの?」

「……なんかさ、生きるのに疲れたんだ」

 生きることは苦痛を伴う。

 僕はあらゆる喜びも苦しみもいらない。

 もう何も考えたくない。

 愚かな人間社会でなど生きていけない。

 死んでしまえば、僕という意識は消え、晴れて無になる。

 僕は……自然になりたいのだ。

「ふーん。じゃあ私が殺したげる」

 え?

 疑問に思うのも束の間、彼女はリュックサックからカッターナイフを取り出し、僕の身体を切りつけた。

「いっっ‼︎」

「フフッ。次はどうしようかなー。眼球をくり抜いてお腹ん中掻っ捌いて臓器引きずり出して……」

「ゃ……やめてっ……‼︎ ぃ、ぃやだ‼︎‼︎」

 僕はしょんべんを漏らし、号泣しながら懇願した。

「汚い……」

 少女はドン引きしたような表情を見せた。

「嘘だよ。人を殺すのはやっぱり恐ろしい。さっきカッターで切ったのはびっくりさせようとしただけ。ちょっとした切り傷程度だよ。でもごめんね」

 少女は、リュックサックからバンドエイドの箱を取り出し僕に投げた。

 確かに、右腕と顎の辺りはズキズキ痛むが、致命傷ではないような気がする。

 しかしそれでも出血は多い。

 貰ったバンドエイドで応急処置応急処置……。

 あれ、僕死のうと思ってたんじゃなかったっけ。

「あなた、死ねないんだね。可哀想」

 少女はクルリと背を向け、去り際に呟く。

「まぁ、生きてればいいことあるよ」

 そう言って線路の中央に寝転がった。

 しばらくして電車がやってきて、少女を轢き殺した。

 あの時の風景を、僕はきっと忘れないだろう。

 僕を差し置いて清々しく命を散らした少女。

 その顔は笑っていた。

 覚悟無き者はただ生きるのみ。

 この地獄のようなで、死にたい死にたい言いながら生きていくのだ。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)