誹謗中傷とか世に蔓延る悪意について思うこと

誹謗中傷とか世に蔓延る悪意について思うこと

この世の中、いじめとかネット炎上とか、人の悪意が飛び交っていて嫌になる。

僕は、人間一人一人が他人に対して多様性を認められる世の中になってほしいと思う。

どんな人間でも生きてるだけで素晴らしいって称賛されるような世の中になってほしい。

でもそれは不可能に近い。

けれど、僕はそれを可能にするべく活動していきたい。

具体的には、影響力をつけていって、誠心誠意の気持ちでもって人々の心を動かしていきたい。

お互いの多様性を認め合って生きていこうって。

だから今回の記事では余すことなく本音を語っていくので最後まで読んでくれると嬉しい。

僕は小さい時から他の人とは考え方とかが違くて、よく疎外感を覚えていた。

小学校低学年の時、軽くいじめられたこともあった。

でも、別にいじめが絶対悪だとは思わない。

僕は弱者だったから人をいじめるなんて強い立場にいたことは一度もないが、

もし僕が一般的な人間で、ちょっと異端なやつがいたら多分いじめてしまったりするんだと思う。

だから、その人を非難する必要はないんだ。

ただ教えてあげればいいんだと思う。その人に向き合って、思いやりをもって注意することが大切だと思う。

誰しもが道を踏み外してしまうということはあるのだから。

だから同様になにか悪いことをしてしまった人がいたとしても、その人に対して悪意でもって糾弾してはいけない。

ネットにはとにかく正論を言いたがる人たちが多くいるけど、『愛のない正論は何も生み出さない』。その言葉は相手には届かない。

だから悪意を込めたアンチ行為というのはすべきではないんだ。

まぁアンチにとっては正しさを伝えるとかそんなことはどうでもよくて楽しければいいと思っているのだと思う。

でも、それなのにアンチは都合のいいときだけ正義を盾にして利用する。

それも同様に悪であって、そこに愛がなければそれは『ただの正しさの押しつけ』なんだよって言いたい。

人のアンチ行為をするような人間が僕は嫌いだ。

けれど、そのような人だって同じ人間で、僕は認めていかなければならないと思っている。

なぜなら、僕は偉そうに語っているけれど、僕だって人を傷つけるし、弱い人間だ。だからお互いに許し合い認め合えればいいんだ。

人が許せないというのはその人の弱さであるから、人間一人一人が乗り越えなければいけない課題だと思う。

他人を許すことによって自分自身も許していくことができるから。

その人を1人の人間として愛をもって接しない限り何も伝わらないんだ。

そのことに少しでも気づいて実践する人が増えれば世の中は少しは良くなる。それは素晴らしいことだと思う。

自分とは明らかに考え方が違う人でも、寛容に多様性を意識して接していこう。

そうしていかない限り社会からハブられてどんどん孤立して無敵の人になってしまったりする悲しいことを防ぐことはできないと思う。

人間はそんなに強くはないから難しいけれど、一人一人が意識してこの考えを拡散していくことが大切だ。

長々と語った持論だけれど、これっていうのはかなり一般的な考えからはズレてしまっているんだと思う。

別にこれが絶対正しいとかは思ってないし、

もしかしたら多数の人が支持する考えこそが正しいのかもしれないし。それは分からないけど、

でもやはり僕は世の中ができるだけ多様性を認め寛容になってほしいと思うのは変わらない。

僕は普通より弱い人間だから、痛みについて知っている。

人の容姿に関する悪口はネット上に溢れてるけど、それがどれほど人を傷つけるかてことを伝えたい。

そして『人を傷つけるっていうのはその人の人生を大きく変えてしまうんだよ』ってことを伝えたい。

「鼻が変だよ」その一言がどれだけ人を苦しめるか。

そう言われて自分で毎日鏡を見て気にして、他の人を見るたびに「自分は鼻が…」って落ち込んで、誰よりも劣っているように感じられて、人前に出ると馬鹿にされているようにしか思えなくなって、外に出られなくなって抑うつ感にまみれて何もできなくって、あーほんとうに終わりだなって涙を流して、

だから相手の気持ちを想像してみてほしい。

死ねだなんて言わないでほしい。

あなたはとっても素敵なものをもっているはずで、誹謗中傷なんてして魂を汚さなくていいんだ。

多くの人が、悪意を発露させることなく人に優しくなれたら素敵だって思わないだろうか。だから、人に優しくすることを意識しよう。できるところからでよくって、そうすることで喜びが生まれてくるはずだから。

人間は社会的な生命体だから、人に喜んでもらえたら自分も嬉しいんだ。

だから否定的ではなくて肯定的なメッセージを発信しよう。。

病みアピールしている人がいれば別に「可哀想って言ってほしいんだね」とか言わなくても普通に「大丈夫? 辛かったんだね」とか優しくすればいいやん。なんでわざわざ人の気持ち傷つけようとするんだろうっていつも思う。

何も成し遂げていない僕がこのようなことを言っても多分「偽善だ」と一蹴されるだろう。

とにかく偽善と言っておけばいいみたいな風潮も僕はなくしていけるといいと思う。

だけど、言葉は誰が言ったかに依存するところがあるのは確かだ。

別のこの文章だけで理解してもらえなくてもいいんだ。

僕が有名になって、生き方として示すから。

僕は将来有名になると思う。そう決意しているから。

そうしたらこのようなメッセージは伝えていきたい。

そのために今書いているまである。

立場や環境は人間を大きく変えるから、それは仕方ないと思う。

だから思い出せるように。

一人一人が自分と他人を許して、多様性を大事にできたら、僕のように苦しむ人は減ると思う。

そんなに難しいことじゃないと思うのにどうして人は誰かを傷つけなきゃいられないんだろうって悲しくなるけど、人間は完璧じゃなくて。どんな正義でも必ず誰かは傷つけていて。だからこそ許していこう、そうすれば少しずつ良くなると思うから。

ほんとはこんな文章、僕が辛いから書いただけなんだ。

とめどなく悲しい感情が溢れてきた。

けど僕は強くならなければならない。僕が信じる方向へと。

とにかく、少しでも生きやすい世の中になればいいと思います。

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